研究内容

●研究内容スライド

Atomic Layer Physics
〜原子層物質とトポロジカル量子現象〜

●私達の研究室では、ナノ構造の微細加工技術と強磁場・低温・高圧という極限環境技術を用いて、低次元物質やその極限である原子層物質の電子系を対象に、その構造やそこで発現するトポロジカル量子物性の研究を行っています。

●古典電磁気学で確立した磁場という概念は、現在では本質的に相対論的・量子論的なものであるとされています。磁場は運動に関連した電磁場の一側面であり、電磁場とは量子状態の位相の空間変化(伝搬)を与えるゲージ場であると解釈できるのです。電子に対する磁場効果は、古典力学ではローレンツ力で表現されますが、量子力学では電子波の位相変化として表現されます。従って磁場の量子効果は、結晶内の電子波分散(バンド構造)、電子波の位相特異点である電子渦(磁束)、電子系の空間構造などと密接に関係します。一方で波数空間や実空間における量子状態の変化の様式(ベリー曲率)が、電磁場と同様な位相変化をもたらし得る(ゲージ場)ことが、近年広く認識されるようになりました。これは波数空間や実空間上の量子状態のトポロジーの問題で、近年注目されている各種のトポロジカル量子現象の基礎となっています。

●本研究室の現在の研究主題は、特異なバンド構造や微小な空間構造を持つ電子系が、ゲージ場による位相変化に関連して示す量子伝導現象あるいはトポロジカル伝導現象です。本研究室のこれまでの主な研究テーマは以下の通りです。

  (1)新しい原子層物質(2次元結晶)の開拓と新物性の探索
  (2)グラフェンやゼロギャップ有機導体におけるDirac電子系の量子物性
  (3)層状低次元導体における層間コヒーレンスと層間伝導の角度依存磁気抵抗振動効果
  (4)多層量子ホール系のカイラル表面状態の量子伝導
  (5)有機導体における磁場中電荷・スピン密度波転移
  (6)強電場・磁場下ブロッホ電子系の伝導現象と電子軌道カオス
  (7)マイクロマシン技術の応用などによる微細計測技術の開発

原子層科学:制御可能な物性科学

●鉛筆の芯の主成分は黒鉛(グラファイト)という炭素の層状結晶です。2004年に英国のGeim、Novoselov両博士は黒鉛の層状結晶を粘着テープを使って剥がす(劈開する)ことを繰り返し、最終的に基板上に1原子の厚さの2次元黒鉛結晶(グラフェン)を作製して電気伝導測定を行いました。これが原子層科学という新領域の端緒となった実験です。両博士はこの功績により2010年にノーベル物理学賞を授与されています。グラフェンに続き、シリセン、ゲルマネン、フォスフォレンのような単一元素原子層や、6方晶窒化ホウ素(h-BN)、MoS2等の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)のような化合物原子層が次々に作製され、ゼロギャップ伝導体(ディラック電子系)に加え、絶縁体、半導体、金属・超伝導体までもが原子層物質系で得られるようになりました。原子層科学は今後、従来の3次元物質科学と対照をなす豊かな研究分野として発展することが期待されます。

●日本でも2013年に科学研究費新学術領域研究「原子層科学」のプロジェクトが発足しました。これは合成・物性・応用・理論の4グループからなる研究集団で、本研究室は物性グループの代表を務めています。

●原子層科学の特長の1つはその制御性です。2次元結晶は結晶内部が全て露出しているためパラメータの制御が容易に行えるのです。例えば電界効果トランジスタ(FET)構造にして原子層自体をコンデンサの極板にすれば電子数、従ってフェルミ準位を容易に制御できます。表面に各種の原子を吸着させることで不純物のドーピングが可能です。引張変形を加えることで大きな歪を導入できますし、基板の誘電率を変えれば電子間相互作用の大きさまでも変えることができます。このように多くのパラメータを人為的に制御して電子構造や電子状態が変えられることは、基礎学術的のみならず応用的にも極めて重要な特質であると言えます。

●本研究室ではこのような観点から、フォスフォレンの電子構造、原子層モット絶縁体における電場誘起モット転移などの研究を行っています。



<フォスフォレンの結晶構造とLCAOモデルによるバンド構造>


固体中Dirac電子系:トポロジカル物性

●固体におけるディラック電子系とは、伝導電子の運動が相対論的量子力学のディラック方程式と同形の方程式によって記述される電子系で、グラフェン、ゼロギャップ有機導体、トポロジカル絶縁体表面等で実現しており、現在の物性物理学の1つの重要トピックスとなっています。本研究室では、グラフェン単層・2層接合における量子ホール端伝導、バレー依存伝導や、バルク結晶で唯一のディラック電子系として知られる低次元有機導体α-(BEDT-TTF)2I3についてディラック電子特有の伝導現象や熱測定による電子相関の研究を行っています。特にこの系でヘリカル表面状態を伴う量子ホール強磁性状態というトポロジカル相を発見したことが最近の大きな成果です。



<量子ホール強磁性体を囲むヘリカル表面状態と発見を報ずる新聞記事>


多層系:層間コヒーレンス

●本研究室の主要な研究成果として、層状伝導体(多層電子系)の層間磁気抵抗の磁場方位依存性に現れる種々の共鳴・振動現象の発見と統一的解明が挙げられます。従来は半古典的電子軌道効果であると考えられてきたこれらの現象の本質が、局所的トンネル効果であることを半導体超格子を用いて実験的に証明し、更にこれを理論的に扱うトンネル描像を確立しました。これを応用して、有機物や酸化物などの層状伝導体の層間磁気伝導と層間コヒーレンスの問題、強磁場量子極限近傍での磁気抵抗の振舞、強電場下の層間磁気抵抗が示す新現象、磁気貫通系の磁気抵抗、多層量子ホール系での層間伝導など、種々の問題を実験的・理論的に解決しています。これらの現象は、多層系など種々の空間構造上にある電子波が、それを貫く磁場の方位に対して示す位相干渉効果であると解釈できるのです。



<有機導体α-(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4の角度依存磁気抵抗振動の全方位角度依存性>



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